はじめに:融資審査は「事業計画書の数字」で決まる
ホテルの開業やリニューアルで融資を受けるとき、最も重要なのは事業計画書の完成度です。「立地が良いから大丈夫」「旅行需要は伸びているから」——こうした感覚的な楽観で計画書を後回しにした結果、審査に落ちて開業が半年以上遅延したケースを、私はコンサルティングの現場で何度も見てきました。
数字で見ると、日本政策金融公庫の創業融資における審査通過率は約50〜60%と言われています。つまり2件に1件は融資が通らない。この差を分けるのが、事業計画書に書かれた数字の説得力です。
本記事では、日本政策金融公庫や民間銀行向けの宿泊業事業計画書の書き方を、記入例・計算式・NGパターン付きで解説します。ホテル開業費用の相場と資金調達ガイドが費用の「相場」を扱うのに対し、本記事は「計画書の書き方」に特化した実務ガイドです。
事業計画書に必ず書く7つの項目
融資審査の担当者は1日に何十件もの計画書を読みます。以下の7項目を、この順番で記載するのが基本フォーマットです。
| No. | 項目 | 記載内容 | 目安 |
|---|---|---|---|
| 1 | 事業概要 | 業態・規模・コンセプト・ターゲット | 1〜2頁 |
| 2 | 創業の動機・経歴 | 業界経験、強み | 1頁 |
| 3 | 市場分析・競合調査 | 商圏データ、競合ADR・稼働率 | 2〜3頁 |
| 4 | 売上予測 | 客室売上+付帯売上の根拠 | 2〜3頁 |
| 5 | 経費計画・損益計算 | 固定費・変動費と損益分岐点 | 2〜3頁 |
| 6 | 資金計画・返済計画 | 初期投資内訳、調達、返済 | 1〜2頁 |
| 7 | リスク分析・対策 | 稼働率低下シナリオ、季節変動 | 1頁 |
全体で10〜15ページが適正です。20ページを超えると逆効果になります。
売上予測の作り方——計算式と記入例
事業計画書で最も重要なセクションが売上予測です。
基本計算式
年間客室売上 = 客室数 × 稼働率 × ADR(平均客室単価) × 365日
各要素についてなぜその数字を設定したのかを根拠付きで説明できることが審査通過の条件です。RevPAR・ADR・稼働率の計算方法で各指標の詳細を解説しています。
記入例:42室ビジネスホテルの場合
| 項目 | 設定値 | 根拠 |
|---|---|---|
| 客室数 | 42室 | 設計図面に基づく |
| ADR | 7,500円 | 競合5施設の平均ADR 8,200円の約90% |
| 稼働率(1年目) | 50% | 認知度が低いため保守的に設定 |
| 稼働率(2年目) | 65% | OTA口コミ蓄積による段階的上昇 |
| 稼働率(3年目〜) | 72% | エリア平均稼働率70%を基準 |
ポイントはADRの設定根拠です。「競合5施設の平均の90%」のように比較対象を明示すると、現実的だと判断されます。私自身、朝5時半に起きて競合料金をチェックするのは半ば習慣ですが、計画書の段階でも競合5〜10施設の料金を最低2週間モニタリングして根拠データを作ります。
年間売上シミュレーション
| 項目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 |
|---|---|---|---|
| 客室売上 | 5,748万円 | 7,472万円 | 8,611万円 |
| 朝食売上 | 460万円 | 672万円 | 780万円 |
| その他 | 120万円 | 150万円 | 168万円 |
| 売上合計 | 6,328万円 | 8,294万円 | 9,559万円 |
3シナリオ方式で信頼性を高める
保守・標準・楽観の3シナリオを並記するのが鉄則です。
| シナリオ | 稼働率 | ADR | 年間客室売上 | RevPAR |
|---|---|---|---|---|
| 保守 | 60% | 7,000円 | 6,441万円 | 4,200円 |
| 標準 | 72% | 7,800円 | 8,611万円 | 5,616円 |
| 楽観 | 80% | 8,500円 | 10,424万円 | 6,800円 |
保守シナリオでも元本返済+利息が賄えることを示すのが合格ラインです。
経費計画——目安比率と記入例
宿泊業の経費比率の目安
| 経費項目 | 売上比率 | 金額例(年間) |
|---|---|---|
| 人件費 | 30〜40% | 2,902万円(35%) |
| 水道光熱費 | 8〜12% | 829万円(10%) |
| リネン・消耗品 | 3〜5% | 332万円(4%) |
| OTA手数料 | 8〜15% | 995万円(12%) |
| システム・IT費 | 2〜4% | 249万円(3%) |
| 修繕費 | 2〜4% | 249万円(3%) |
| 広告宣伝費 | 3〜5% | 332万円(4%) |
| 減価償却費 | 8〜15% | 995万円(12%) |
| 保険・租税公課 | 2〜3% | 207万円(2.5%) |
| その他 | 3〜5% | 332万円(4%) |
| 合計 | 75〜90% | 7,422万円 |
具体的な経費削減手法はホテル経費削減10の方法で詳しく解説しています。
審査では特に①人件費率が30%を切っていないか、②OTA手数料を計上しているか、③修繕積立を見込んでいるか、④減価償却の耐用年数(RC造47年、設備15年、備品5〜8年)が正しいかをチェックされます。
5年間の収支シミュレーション
| 項目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 6,328万 | 8,294万 | 9,559万 | 9,845万 | 10,140万 |
| 経費合計 | 6,840万 | 7,422万 | 7,685万 | 7,830万 | 7,978万 |
| 営業利益 | ▲512万 | 872万 | 1,874万 | 2,015万 | 2,162万 |
| 返済(元本+利息) | 840万 | 828万 | 816万 | 804万 | 792万 |
| 返済後CF | ▲1,352万 | 44万 | 1,058万 | 1,211万 | 1,370万 |
1年目は赤字が当然です。むしろ1年目から黒字の計画書は楽観的すぎると警戒されます。2年目に黒字化し、3年目以降に安定CFが出るストーリーを描くことが重要です。
損益分岐稼働率も明記しましょう。固定費4,500万円・ADR 7,500円の場合、分岐稼働率は約52%。エリア平均70%に対して十分なバッファがあります。
資金計画・返済計画
記入例(総額2億円の場合)
| 資金使途 | 金額 | 調達方法 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 物件取得・改装 | 1.2億円 | 自己資金 | 4,000万円(20%) |
| 設備・備品 | 3,000万円 | 公庫 | 5,000万円(25%) |
| IT投資 | 1,000万円 | 地銀融資 | 8,000万円(40%) |
| 運転資金(6ヶ月) | 3,300万円 | 補助金 | 2,000万円(10%) |
| 予備費 | 700万円 | CF等 | 1,000万円(5%) |
補助金活用はホテル・旅館向け補助金12選|2026年度ガイドを参照してください。自己資金は最低20%、理想は30%以上。10%未満では本気度を疑われます。
返済計画では据置期間がポイントです。公庫は最大2年間の据置が可能で、開業初年度の資金繰りに余裕が生まれます。DSCR(債務返済カバー率)は1.2倍以上が審査基準です。
融資審査で落ちる5つのNGパターン
NG①:稼働率の根拠がない——「人気エリアだから80%」は通りません。競合データや観光統計など第三者が検証可能な根拠が必要です。
NG②:OTA手数料の計上漏れ——売上の8〜15%に達するOTA手数料を無視した計画書は「実態を理解していない」と判断されます。
NG③:自己資金が少なすぎる・見せ金——見せ金は通帳の入出金履歴で必ずバレます。
NG④:リスク対策が未記載——稼働率▲20%時の対策、季節変動対応、競合出店時の差別化戦略を明記しましょう。
NG⑤:数字の矛盾——ADR 10,000円で計算しているのにエリア平均ADRが6,000円では信頼を失います。まずダッシュボードを開いて、数字の整合性をクロスチェックしてください。
審査通過率を上げる3つの実践テクニック
1. 小さく試した実績を添える
以前、支援先の28室老舗旅館で値上げ提案を3回断られた経験があります。「値上げしたら客が逃げる」という社長の不安に対し、土曜日のみ・1室タイプのみ・1,500円だけのA/Bテストを1ヶ月実施。キャンセル率は変わらず、RevPARは+12%改善しました。事業計画書でも同じ原理が使えます。プレオープンやテスト販売の実績を添付できれば「机上の空論ではない」と説得できます。
2. KPIのビフォー・アフターを定量記載する
実績として、私が補助金申請を支援した案件では、RevPAR・人時生産性・OTA手数料率などのKPIビフォー・アフターを数値記載した計画書は、定性記載のみと比べて採択率が1.5〜2倍に向上しました。融資審査でも同様の効果があります。
3. 集客戦略を具体的に書く
OTA戦略、直販サイト構築、法人営業、口コミ対策などチャネルミックスと実行スケジュールを明記。具体策はホテル売上アップ方法10選を参考にしてください。
日本政策金融公庫の創業計画書テンプレート
公庫の「創業計画書」はA3用紙1枚のフォーマットです。各記入欄のコツをまとめます。
| 記入欄 | 書き方のコツ |
|---|---|
| 創業の動機 | 業界経験と市場機会を具体的に数字で |
| 経営者の略歴 | 勤務年数・実績を記載。未経験なら研修計画を |
| 取扱商品 | 客室タイプ別料金、付帯サービスを明記 |
| 取引先 | OTA各社、リネン業者など具体名を記載 |
| 従業員 | 開業時と安定期の人員計画を分けて記載 |
| 借入状況 | 既存借入は正直に。隠すと信用を失う |
| 資金と調達 | 設備資金・運転資金を明確に区分 |
| 事業の見通し | 月商ベースで創業当初と軌道に乗った後を記載 |
別添資料として、売上予測の詳細計算書、競合調査レポート(5施設以上)、5年間の損益計算書(3シナリオ付き)、月次資金繰り表、物件図面を準備しましょう。
まとめ:数字で語れる事業計画書が融資を引き寄せる
事業計画書の成否は「数字に根拠があるかどうか」に集約されます。
- 売上予測:客室数×稼働率×ADR×365日で、競合データに基づく根拠を明示
- 3シナリオ:保守でも返済可能なことを証明
- 経費計画:人件費30〜40%、OTA手数料8〜15%の業界標準を踏まえる
- 損益分岐稼働率:エリア平均より十分低い水準に設定
- NGパターン回避:根拠なき稼働率、経費計上漏れ、自己資金不足は即不合格
事業計画書は「作って終わり」ではなく、開業後の経営判断の羅針盤です。月次で実績と計画を照合し、差異の原因を分析して軌道修正する——この「計画→実行→検証」サイクルを回せる経営者こそ、金融機関が融資したい相手です。



