はじめに:2026年、東京の民泊規制が大きく動く

「条例がまた変わるらしいけど、うちの物件は大丈夫なのか」——2026年に入ってから、民泊事業者からこうした問い合わせが急増しています。

住宅宿泊事業法(民泊新法)が2018年に施行されてから8年。国の法律では年間180日の営業上限が定められていますが、実態としてこの上限まで営業できる自治体は東京23区ではごくわずかです。各区が独自に定める「上乗せ条例」によって、営業可能日数や営業可能エリアが大幅に制限されているからです。

そして2026年、この上乗せ条例に大きな動きが出ています。4月には墨田区・葛飾区が「週末・祝日限定」条例を施行し、12月には豊島区が年間120日制限を適用する予定です。さらに複数の区で条例の見直し議論が進行中で、2027年にかけて追加の規制強化が見込まれています。

本記事では、東京23区で民泊事業を営む事業者、これから参入を検討している方、そして旅館業法への転換を視野に入れている方に向けて、2026年の条例改正の全容と、事業者が取るべき具体的な対応策を現場目線で解説していきます。

住宅宿泊事業法と上乗せ条例の基本構造

そもそも「上乗せ条例」とは何か

住宅宿泊事業法(以下、民泊新法)第18条は、地方自治体が「住宅宿泊事業に起因する騒音の発生その他の事象による生活環境の悪化を防止するため必要があるときは、合理的に必要と認められる限度において、政令で定める基準に従い、条例で、区域を定めて、住宅宿泊事業を実施する期間を制限することができる」と定めています。

つまり、国の法律上は年間180日まで営業可能ですが、各自治体が独自の条例で営業可能日数をさらに減らしたり、特定のエリアや期間に限定したりできるのです。これが「上乗せ条例」と呼ばれるものです。

現場で実際に手を動かすと痛感するのですが、この上乗せ条例は自治体ごとにルールがまったく異なります。隣の区に物件を移しただけで営業日数が倍になることもあれば、逆に半減することもあります。東京23区は特にこの差が激しく、事業計画を立てる際には区単位の規制内容を正確に把握することが不可欠です。

規制の3つの類型

東京23区の上乗せ条例は、大きく以下の3つの類型に分類できます。

類型内容該当区の例
日数制限型年間営業日数を180日より少なく制限豊島区(120日)、新宿区(住居専用地域で制限)
曜日・期間限定型営業可能な曜日や期間を限定墨田区・葛飾区(週末・祝日限定)、大田区(特区民泊は別制度)
エリア制限型住居専用地域等での営業を禁止または制限千代田区、港区、中央区など多数

多くの区ではこれらが組み合わさって適用されます。たとえば「住居専用地域では月曜〜木曜は営業不可」というルールは、エリア制限と曜日限定の複合型です。事業者としては、自分の物件がどの類型の規制を受けるのかを正確に特定する必要があります。

2026年の主要改正:墨田区・葛飾区・豊島区の動き

墨田区:2026年4月施行——住居専用地域は週末・祝日のみ営業可

墨田区は2026年4月1日から、住居専用地域における民泊営業を金曜日の正午から日曜日の正午まで、および祝日の前日正午から祝日の正午までに制限する条例を施行しました。

この条例の影響を具体的な数字で見てみましょう。2026年の暦をベースに計算すると、週末・祝日限定で営業した場合の年間最大営業日数は約115〜120日程度になります。国の上限180日と比較すると、3分の2程度にまで縮小される計算です。

墨田区の改正の背景には、スカイツリー周辺エリアでのインバウンド需要の急増と、それに伴う住民からの騒音・ゴミ出しに関する苦情の増加があります。区の審議会資料によると、2024年度の民泊関連苦情件数は前年比で約40%増加しており、住環境の保全を求める住民の声が条例強化を後押ししました。

葛飾区:2026年4月施行——同様の週末・祝日限定

葛飾区も墨田区と同時期に、住居専用地域での民泊営業を週末・祝日に限定する条例を施行しています。制限の内容は墨田区とほぼ同様で、金曜正午〜日曜正午、祝前日正午〜祝日正午が営業可能期間です。

葛飾区の特徴は、商業地域・準工業地域では従来通り180日までの営業が認められている点です。住居専用地域と商業地域で明確に規制レベルが分かれるため、物件の用途地域の確認が特に重要になります。

豊島区:2026年12月適用——年間120日制限の衝撃

豊島区は2026年12月1日から、区内全域で民泊の年間営業日数を180日から120日に引き下げる条例を適用します。住居専用地域に限定した規制ではなく、用途地域を問わず区内全域が対象という点が大きな特徴です。

120日制限が事業収支に与えるインパクトは深刻です。以下の試算をご覧ください。

項目180日運営時120日運営時差額
年間営業日数180日120日▲60日
平均客室単価(ADR)12,000円12,000円
平均稼働率75%80%(※)
年間売上1,620,000円1,152,000円▲468,000円
固定費(家賃・光熱費等)1,080,000円1,080,000円
変動費(清掃・消耗品等)324,000円230,400円▲93,600円
年間営業利益216,000円▲158,400円▲374,400円

※営業日数が減ると需給が引き締まるためADR・稼働率が若干上がる想定。ただし、それでも固定費を賄いきれず赤字に転落するケースが少なくありません。

特に豊島区の場合、池袋駅周辺はインバウンド需要が高い人気エリアですが、それだけに家賃水準も高く、120日制限では投資回収が極めて困難になります。現場では「池袋で民泊をやる意味がなくなる」という声が上がっているのが実情です。

東京23区・自治体別「民泊規制マップ」2026年版

以下に、2026年3月時点での東京23区の民泊規制状況を一覧にまとめました。事業者の方は、自身の物件が所在する区の規制内容を必ず確認してください。

規制が厳しい区(Aランク:事業継続に要注意)

主な規制内容住居専用地域での制限2026年の動き
新宿区住居専用地域は月曜正午〜金曜正午まで営業不可週末・祝日のみ現行維持
渋谷区住居専用地域は月曜正午〜金曜正午まで営業不可週末・祝日のみ現行維持
豊島区区内全域で年間120日制限(2026年12月〜)全域対象12月に120日制限適用
墨田区住居専用地域は週末・祝日のみ営業可週末・祝日のみ4月に条例施行
葛飾区住居専用地域は週末・祝日のみ営業可週末・祝日のみ4月に条例施行
中野区住居専用地域は月曜〜土曜の営業制限日曜・祝日中心見直し議論中
目黒区住居専用地域は月曜正午〜金曜正午まで営業不可週末のみ現行維持

規制が中程度の区(Bランク:条件付きで事業可能)

主な規制内容住居専用地域での制限2026年の動き
千代田区住居専用地域は金曜正午〜日曜正午に限定週末限定現行維持
港区住居専用地域で期間制限あり春休み・夏休み等も制限追加規制の議論あり
文京区住居専用地域は月曜正午〜金曜正午まで営業不可週末のみ現行維持
台東区住居専用地域で期間制限あり一部期間制限現行維持
品川区住居専用地域で営業制限週末・祝日中心現行維持
世田谷区住居専用地域は月曜〜金曜の営業制限週末・長期休暇のみ見直し議論中
杉並区住居専用地域で期間制限あり週末中心現行維持
板橋区住居専用地域で営業制限一部期間制限現行維持
練馬区住居専用地域で営業制限週末・祝日中心現行維持
北区住居専用地域で営業制限一部制限現行維持

規制が比較的緩い区(Cランク:事業展開の余地あり)

主な規制内容住居専用地域での制限2026年の動き
大田区特区民泊の実績が豊富。住宅宿泊事業は上乗せ規制あり一部制限特区民泊は365日可
中央区住居専用地域が少なく影響は限定的一部制限現行維持
江東区住居専用地域で期間制限はあるが商業地は比較的自由一部制限現行維持
荒川区上乗せ条例あるが比較的緩やか一部制限現行維持
足立区住居専用地域で一定の制限一部制限現行維持
江戸川区住居専用地域で一定の制限一部制限現行維持

上記はあくまで2026年3月時点の情報です。条例は随時改正される可能性があるため、事業を開始・継続する際には必ず各区の公式サイトまたは窓口で最新情報を確認してください。

事業者のための戦略的判断フレームワーク

規制強化に直面した民泊事業者は、大きく分けて4つの選択肢を検討することになります。ここでは、それぞれの選択肢のメリット・デメリットと、判断基準を整理します。

選択肢1:民泊事業の継続(条例範囲内での運営最適化)

規制が強化されても、営業可能な範囲内で収益を最大化する方向です。具体的には以下の施策が考えられます。

  • ADR(平均客室単価)の引き上げ:営業日数が減る分、1泊あたりの単価を上げる。インバウンド富裕層向けの高付加価値化、体験コンテンツの付加など
  • 清掃・管理コストの削減セルフチェックインシステムの導入で人件費を圧縮し、営業日数減少による売上減を補填
  • 複数物件のポートフォリオ最適化:規制の緩い区に物件を分散させ、全体の稼働日数を確保

この選択肢が適するケース:物件のADRが高く(15,000円以上)、固定費が比較的低い場合。週末・祝日限定でも黒字が維持できる収益構造であれば継続の価値があります。

選択肢2:旅館業法への転換

上乗せ条例の影響を根本的に回避する方法として、旅館業法の営業許可を取得するという選択肢があります。旅館業法であれば年間365日の営業が可能であり、民泊新法の180日上限も上乗せ条例も適用されません。

ただし、旅館業法への転換は簡単ではありません。以下のハードルを越える必要があります。

要件民泊新法(届出制)旅館業法(許可制)
手続き届出のみ保健所の許可が必要
消防設備一般住宅基準(一部強化)旅館業の消防基準(自動火災報知設備、誘導灯等)
フロント設置不要原則必要(※緩和措置あり)
構造基準住宅の基準客室面積3.3㎡以上/人、換気・採光基準
用途地域住居専用地域でも可(条例制限あり)住居専用地域では原則不可
営業日数最大180日(条例で制限)365日
初期投資目安50〜150万円200〜800万円(改修費含む)

特に注意すべきは用途地域です。住居専用地域に立地する物件は、そもそも旅館業法の許可が下りません。住居専用地域で民泊を運営している事業者にとっては、旅館業法への転換は選択肢から外れることになります。

一方で、商業地域・近隣商業地域・準工業地域に立地する物件であれば、旅館業法への転換は有力な選択肢です。初期投資は200〜800万円程度かかりますが、デジタル化・AI導入補助金やものづくり補助金を活用すれば、投資負担を大幅に軽減できます。

選択肢3:家主居住型への切替

住宅宿泊事業法では、家主居住型(ホームステイ型)家主不在型の2類型があります。多くの上乗せ条例は家主不在型を主な規制対象としており、家主居住型であれば規制が緩和されるケースがあります。

家主居住型の要件は、「住宅宿泊事業者が当該届出住宅に居住しながら事業を営む」ことです。つまり、オーナー自身がその物件に住んでいて、空き部屋をゲストに貸し出す形態です。

家主居住型のメリット

  • 上乗せ条例の適用が緩和される区がある
  • 住宅宿泊管理業者への委託が不要(管理委託費の削減)
  • ゲストとのコミュニケーションが容易で高評価を得やすい

家主居住型のデメリット

  • オーナー自身がその物件に居住する必要がある(投資用物件には使えない)
  • スケーラビリティがない(1物件のみ)
  • プライバシーの問題

この選択肢は、自宅の一部を活用して副業的に民泊を運営したい個人にとっては現実的ですが、複数物件を管理する事業者にとっては適さないことが多いです。

選択肢4:民泊事業からの撤退

冷静に収支を計算した結果、事業継続が困難と判断される場合は、早めの撤退が最善の選択であることも少なくありません。特に以下のケースでは撤退を真剣に検討すべきです。

  • 住居専用地域に立地し、週末・祝日限定の営業では固定費を賄えない
  • 旅館業法への転換ができない用途地域にある
  • 物件の賃借料が高く、120日営業では損益分岐点を超えられない
  • 改修投資の回収見込みが立たない

撤退する場合のポイントはタイミングです。条例施行後に慌てて撤退すると、原状回復費用や違約金が嵩みます。施行日から逆算して、最低3〜6ヶ月前には判断を確定させましょう。豊島区の120日制限(2026年12月)に対応する場合は、遅くとも2026年9月には方針を固めておくべきです。

損益シミュレーション:3つのシナリオ比較

ここでは、豊島区の1LDK物件(家賃12万円/月)を例に、3つのシナリオで損益を比較します。事業判断の参考にしてください。

前提条件

  • 物件:豊島区(池袋駅徒歩10分)1LDK、家賃12万円/月
  • ADR:12,000円(インバウンド中心)
  • 稼働率:営業可能日に対して75〜85%
  • 清掃費:3,500円/回
  • 管理委託費:売上の20%(家主不在型の場合)
  • 光熱費・消耗品:月額2万円
  • 火災保険・民泊保険:月額5,000円

シナリオA:現行180日営業(2026年11月まで)

項目金額(年間)
売上(180日 × 75% × 12,000円)1,620,000円
家賃▲1,440,000円
清掃費(135回 × 3,500円)▲472,500円
管理委託費(売上の20%)▲324,000円
光熱費・消耗品▲240,000円
保険料▲60,000円
年間利益▲916,500円

実はこの前提条件では、180日営業でも赤字です。これは豊島区の家賃水準の高さが原因で、ADR 12,000円・稼働率75%では黒字化が困難であることを示しています。黒字にするには、ADRを16,000円以上に引き上げるか、稼働率を90%以上に維持する必要があります。

シナリオB:120日営業(2026年12月以降)

項目金額(年間)
売上(120日 × 80% × 13,000円 ※需給引締で単価上昇)1,248,000円
家賃▲1,440,000円
清掃費(96回 × 3,500円)▲336,000円
管理委託費(売上の20%)▲249,600円
光熱費・消耗品▲240,000円
保険料▲60,000円
年間利益▲1,077,600円

120日制限により赤字幅がさらに拡大します。ADRを多少引き上げても、固定費が重くのしかかります。

シナリオC:旅館業法転換(365日営業)

項目金額(年間)
売上(365日 × 70% × 11,000円 ※通年化で単価は若干低下)2,810,500円
家賃▲1,440,000円
清掃費(255回 × 3,500円)▲892,500円
管理費(売上の15% ※旅館業は自社管理も可)▲421,575円
光熱費・消耗品▲300,000円
保険料▲72,000円
年間利益(初期投資回収前)▲315,575円
初期投資(消防設備・改修等)▲4,000,000円(一括)

旅館業法への転換でも、豊島区の家賃12万円/月の物件ではかなりタイトな収支です。ただし、ADRを13,000円に維持できれば年間利益は約26万円のプラスに転じ、初期投資の回収期間は約15年となります。高ADRを実現するための施策——たとえばスマートロックの導入による無人オペレーションの構築や、OTA最適化による集客力強化——が鍵を握ります。

旅館業法転換の実務ステップ

「旅館業法への転換」を決断した場合、具体的にどのような手順を踏む必要があるのか。現場で実際に手続きを進める際のポイントを解説します。

ステップ1:用途地域の確認(所要時間:1日)

まず、物件の所在する用途地域を確認します。旅館業法の営業許可は、第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第二種中高層住居専用地域、田園住居地域では原則として取得できません。

用途地域は各区の都市計画課で確認できるほか、東京都の「都市計画情報等インターネット提供サービス」でも閲覧可能です。

ステップ2:保健所への事前相談(所要時間:2〜4週間)

旅館業法の営業許可申請は、物件所在地を管轄する保健所に対して行います。申請前に必ず事前相談を行いましょう。保健所の担当者から、物件の構造や設備に関する具体的な指摘を受けることができます。

事前相談では以下の書類を持参するとスムーズです。

  • 物件の平面図(間取り図)
  • 建物の検査済証または確認済証の写し
  • 用途地域が確認できる書類
  • 周辺の見取り図(学校・児童福祉施設等との距離関係)

ステップ3:消防設備の整備(所要時間:1〜3ヶ月)

旅館業法の許可取得に際して最もコストがかかるのが、消防設備の整備です。一般住宅から旅館業への用途変更に伴い、以下の設備が求められます。

  • 自動火災報知設備:各居室・廊下・階段に感知器を設置(費用目安:50〜150万円)
  • 誘導灯:避難口・通路に設置(費用目安:10〜30万円)
  • 消火器:各階に設置(費用目安:数万円)
  • 防炎カーテン・じゅうたん:客室の内装材を防炎品に交換(費用目安:10〜30万円)

消防設備の工事は、消防設備士の資格を持つ業者に依頼する必要があります。施工前に所轄の消防署に「消防計画」を提出し、事前協議を行ってください。

ステップ4:営業許可の申請(所要時間:1〜2ヶ月)

消防設備の整備が完了したら、保健所に営業許可を申請します。申請手数料は区によって異なりますが、概ね22,000〜30,000円程度です。申請後、保健所の職員による立入検査が行われ、基準を満たしていれば許可証が交付されます。

ステップ5:OTA登録と運営体制の構築(所要時間:2〜4週間)

営業許可の取得後は、各OTA(Booking.com、Airbnb、楽天トラベルなど)に旅館業法の許可番号を登録し、リスティングを更新します。民泊新法での届出番号から旅館業法の許可番号への変更は、OTA側のサポートに連絡すれば対応してもらえます。

また、旅館業法では宿泊者名簿の備付けが義務付けられています。外国人宿泊者の場合はパスポートの写しの保管も必要です。これらの管理をデジタル化するために、PMSやチェックインシステムの導入を同時に検討することをお勧めします。

規制強化を「チャンス」に変える3つの視点

ここまで規制強化の厳しい側面を中心に解説してきましたが、視点を変えれば、規制強化は事業機会にもなり得ます。

視点1:競合の自然淘汰

規制強化により収益性が低下すれば、体力のない事業者から撤退していきます。結果として供給が減少し、残存する事業者の稼働率とADRが向上する可能性があります。特に旅館業法に転換した事業者は、民泊事業者が営業できない平日も含めて365日営業できるため、競争上の優位性が大きくなります。

視点2:マンスリー・ウィークリー賃貸への転換

民泊の営業日数が制限されている期間を活用して、マンスリー賃貸やウィークリー賃貸として運用するハイブリッドモデルも注目されています。旅館業法の許可があれば短期間の宿泊営業が可能であり、閑散期はマンスリー賃貸として安定収入を確保するという二刀流戦略です。

ただし、マンスリー賃貸として運用する場合は借地借家法の適用を受ける点に注意が必要です。定期借家契約を適切に締結しないと、入居者の退去が困難になるリスクがあります。

視点3:インバウンド高付加価値化

営業日数が減る分、1泊あたりの単価を引き上げる戦略も有効です。2025年の訪日外国人旅行者数は4,000万人を突破し、特に富裕層のニーズが高まっています。地域の文化体験、プライベートシェフ、アートなど「泊まる価値」を創出する付加価値サービスを組み合わせることで、ADRを2〜3倍に引き上げている事例も出てきています。

補助金・支援制度の活用

旅館業法への転換や設備投資には相応のコストがかかりますが、活用できる補助金・支援制度が複数あります。

デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)

PMS、セルフチェックインシステム、スマートロック、AIチャットボットなどのITツール導入に活用できます。通常枠で最大450万円、補助率1/2。詳細はデジタル化・AI導入補助金2026完全ガイドをご参照ください。

ものづくり補助金(一般型・省力化枠)

旅館業法への転換に伴う設備投資(消防設備、内装改修等)に活用できます。補助額は最大1,250万円、補助率1/2〜2/3。ただし、事業計画書の作成が必要で、審査のハードルは高めです。

東京都の宿泊施設バリアフリー化支援事業

旅館業法の許可を取得する際に、バリアフリー化工事を同時に行う場合に活用できます。補助率は対象経費の2/3(上限あり)。旅館業法への転換と同時にバリアフリー化も進めることで、インバウンド富裕層の受け入れ体制を整えつつ補助金を最大限活用できます。

小規模事業者持続化補助金

販路開拓やオペレーション改善に活用できる補助金です。上限は通常枠で50万円と少額ですが、OTAへのリスティング最適化やWebサイト改修など、比較的小さな投資に向いています。

実務チェックリスト:2026年内にやるべきこと

最後に、東京23区で民泊事業を営む事業者が2026年内に取るべきアクションをチェックリスト形式でまとめます。

すべての事業者が確認すべきこと(2026年3月〜4月)

  • 自身の物件が所在する区の上乗せ条例の最新内容を確認
  • 物件の用途地域を改めて確認(住居専用地域か否か)
  • 2026年の規制変更が自身の物件に影響するか判定
  • 直近12ヶ月の収支実績を整理し、規制変更後の収支をシミュレーション

墨田区・葛飾区の事業者(2026年4月施行済み)

  • 住居専用地域の物件は、週末・祝日限定運営への移行を完了
  • OTAの予約カレンダーを更新し、平日の予約を受け付けない設定に変更
  • 既存の予約の取り扱いについてゲストに連絡
  • 週末集中運営に対応した清掃体制を構築

豊島区の事業者(2026年12月適用に向けて)

  • 2026年6月まで:120日制限下の収支シミュレーションを完了
  • 2026年7月まで:継続/転換/撤退の方針を決定
  • 2026年8月まで:旅館業法転換の場合は保健所への事前相談を開始
  • 2026年9月まで:撤退の場合は原状回復・退去の手続きを開始
  • 2026年11月まで:旅館業法の許可取得を完了(転換の場合)

その他の区の事業者

  • 自区の条例見直し議論の動向をウォッチ(区議会の議事録、パブリックコメント等)
  • 港区・世田谷区は追加規制の議論があるため、特に注視
  • 旅館業法への転換可否を、用途地域ベースで事前に調査しておく

まとめ:「規制は読める」——早めの判断が生き残りの鍵

東京23区の民泊上乗せ条例は、年々厳しさを増しています。2026年の墨田区・葛飾区の週末限定条例、豊島区の120日制限は、その象徴的な動きです。

しかし、規制強化は突然やってくるものではありません。条例の見直しは議会での議論を経て行われるため、情報をウォッチしていれば事前に把握できます。重要なのは、規制の動向を把握した上で、自身の事業にとって最適な選択肢を冷静に、数字に基づいて判断することです。

民泊事業の継続、旅館業法への転換、家主居住型への切替、あるいは撤退——いずれの選択肢にも一長一短があります。本記事で提示した判断フレームワークと損益シミュレーションを参考に、施行日から逆算した計画的な対応を進めてください。

最後に強調したいのは、「何もしない」が最悪の選択肢だということです。条例施行後に慌てて対応すると、選択肢が狭まり、コストも膨らみます。今のうちから情報を集め、シミュレーションを回し、専門家に相談する——その一歩を踏み出すことが、2026年以降の事業の明暗を分けるのです。